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「世界の中心・中国の開幕」(平成20年9月コラム)

「世界の中心・中国の開幕」(平成20年9月コラム)

 さまざまな感動のドラマを生み北京オリンピックが終わった。
 北京五輪をどう思うかは人それぞれだが、筆者は、創造力、気力、体力が感動の源であることを強く感じた。
 まず、開会式の演出の妙にど肝を抜かれた。
 口パク合唱やCG花火などへの批判はあったものの、ショウのスケールの雄大さ、施設と一体化した歴史絵巻の表現、これまでの五輪開会式で見られなかった発想の妙に驚愕させられた。
 紙(巻物)や火薬(花火)などが中国が世界の4大発明発祥の地であることを思い出させる演出であった。
 その発想の妙もチャン・イーモウ監督の総指揮によると知らされて合点がいった。
 同監督はジェット・リー主演映画「HERO(英雄)」など世界の映像史に新たな境地を開いた発想の人だからだ。
 それら独創的な発想はシンクロナイズドスイミングのチーム種目、男女の体操競技など、これまで日本のお家芸であった領域でも発揮され本家の日本を凌いでしまった。
 開会式の迫力ある演出は「世界の中心・中国」(中華思想)の開幕であったかのようだ。

 五輪でのメダル獲得は国威発揚の機会であり、人々を夢中にさせる源泉でもある。
 今回の中国はメダル総数こそ100個とアメリカに及ばなかったものの、金メダルは51個で2位アメリカの36個に大差をつけドップに躍り出た。
 1964年の東京大会以降2004年のアテネ大会まで金メダル数もメダル総数もトップはアメリカとソ連(ロシア)とで占めてきた。
 中国が金メダル数で10傑入りしたのは1984年のロサンゼルス大会であり、以後、バルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネと大会ごと順位を4位から2位へ上げてきていた。
 米ロの寡占体制を北京大会が初めて壊し中国時代の幕開けを告げた。
 日本は今回、金メダル9個で8位、メダル総数は25個で9位であった。
 日本は1960年のローマ大会のメダル総数は18個だったが、次ぎの東京大会で一躍29個に増えた。
 しかし、近年はアトランタ大会14個、シドニー大会19個と低迷していたが、立て直しを図りアテネ大会は37個と増えた。
 そして今回また低迷基調へ逆戻りである。
 メダル獲得はその国の経済成長の軌跡とリンクする。
 国内総生産(GDP)は日本は規模こそ大きいものの、経済成長は前年比ではマイナスでありメダル数と同様にズルズル衰退傾向にある。
 2ケタ台の成長を続ける中国の勢いにはかなわず、アジアのリーダー役は選手交代期にあるようだ。

 日本のメダル獲得はチームプレー競技で少なく、個人プレー競技に依存する傾向にある。
 体操男子団体の銀、陸上男子400㍍リレーと水泳男子400㍍メドレーリレーの銅は個人プレーの合わせ技種目である。
 個人競技は陸上は惨敗であるが、柔道や体操や競泳などで頑張った。
 チームプレー競技は、野球、バレー、ビーチバレー、サッカー、バスケット、ハンドボール、新体操、シンクロナイズド、水球など団体プレーは見る影もなく、特に女子に比べ男子の低調ぶりが目立った。
 そんな中で、女子ソフトの金メダルは体格の劣勢を勝利への気力で補い勝ち取った快挙であり、男子に爪のアカを煎じて飲ませたい活躍であった。
 競技技術や連携動作の上手下手にこだわり過ぎ、スピードやパワーや高さなど身体能力を高めることを疎かにしているのではないか。
 また、勝負に対するどん欲さと集中力など精神力をも強化する必要がある。
 戦後、洋風の生活様式や栄養食の普及などで身長など体格は向上しつつあるが、体力は依然発展途上のレベルであり、さらに2世代、3世代かけて体力向上の歴史を刻まないと世界の一流と競うことは無理であるように思った。
 競泳で8冠の偉業を達成したフェルプスを生んだ水泳大国アメリカ、陸上3冠の世界最速男ボルトを生んだ人口270万人の小国ジャマイカの人材育成システムを研究することから出直す必要がある。

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