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ねじれ国会(平成20年5月コラム)

2008年5月1日
連載:Mr.Ishikawaの時事コラム
ねじれ国会(平成20年5月コラム)

「ねじれ国会」がテレビ番組などで論議のテーマになっている。だが、聞いていると旧来の日本政治の思考法に凝り固まり発想を転換できず困惑している人が少なくないように感じる。これまでは、政治、行政、評論、報道などの分野で政治問題のプロであった人でも発想を変えなければ理解できないことが分かった。民主主義の基本原理とは何か、国会はなぜ衆参の2院制なのか、議会と行政との関係はどうあるべきか、など基本的な点についてその道のプロに勉強し直してもらう必要がある。庶民の生活実感とズレている。

昨年の参院選で民主党はポスターに「生活第一」をスローガンに掲げた。無党派層の筆者だが「これはひょっとするかも…」と思った。結果は案の定、民主党の圧勝に終わった。お役所の発表は「景気良好」であっても、地方の生活実感は「悪くなる一方」なので発表はズレていると思ったのだった。そんな発表をするお役所組織の上にチョコンと乗って机上で作られた政策を読み上げる政治など通用する訳がない。そして今、県内でも政党のポスターが並び始め与党も「生活」をスローガンにし始めた。果たして実効性は…。
与党政治の裏にお役所政治がある。ところが、社会保険庁のずさんな仕事ぶり、国交省の道路行政の無駄遣い、漁船を沈めた防衛省の危機意識の薄さ、財務省の天下りポスト確保の日銀総裁人事問題など、お役所仕事は国民の信頼を失っている。与党が過半数を占めた時は参院は衆院のコピーと呼ばれた。参院で与党が過半数をとれなくなり初めて国会にまともに政策論議できる場ができた。官僚のつくった法案が国会で通らないのを「混乱」と嘆く声がある。だが、少々の混乱があっても官僚組織に牛耳られる政党政治を直す方がはるかに重要である。目先の混乱を回避するだけでは日本の国の形は変わらない。

道路特定財源問題も財源不足に陥ることを理由に再議決を訴える声が地方自治体の首長から上がった。だが、そんなことは緊急避難的に地方へ財源措置する法案を通せば済む話だ。お役人の不安を代弁している愚で道路行政の根本を見直す機会を失わせる政治家失格の首長である。首相の発言が揺れるのも環境サミットを控えガソリン消費が増える日本では格好が悪いと思ってるのかと勘ぐりたくなる。そんなに環境を大事にしたいなら、欧米や途上国まで既に取り組んでいる環境負荷が低いバイオマス燃料をこれまでなぜ普及させなかったのか。マイカーに依存するしかない地方ではガソリン代値下げはありがたいのだ。業界や役所の抵抗でエネルギー安全保障の危うさにフタをしてきた政治では困るのだ。 
 
議員不要論が市町村議会、都道府県議会、国会に向けられている。「合併しない宣言」をした福島県矢祭町が国内で初めて議員報酬を月額制から日当制に改めた。去る3月の選挙で当選した議員10人が初議会に臨み1万2,000円の日当(議員共済費1万6,000円を除く)を受領した。これで年3,400万円かかっていた議員人件費は900万円程度に削減できるという。総務省主導の合併だけが行財政改革ではないことを示す例である。前三重県知事の北川正恭早大大学院教授が超党派議員と共に立ち上げた「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」(略称・せんたく)を中心に政策論議が盛んになることを望む。

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