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大曽根餅つき保存会

地元の「出前餅つき」の伝統を守り、次の世代に残そうと活動を続けている「大曽根餅つき保存会」。震災後は、臼と杵を持って避難所や仮設住宅などに出向き、被災者や避難者の方に餅をふるまう炊き出し支援を行ってきました。「餅つきで被災地に勇気と元気を届けたい」という支援活動は、同保存会ならでは。会長の新関徳次郎さんにお話を伺いました。
やまがた震災支援活動アーカイブ Archive number 011
大曽根餅つき保存会
おおそね もちつき ほぞんかい


新関徳次郎さん 新関徳次郎さん のプロフィール
1957年(昭和32年)、山形市生まれ。1927年(昭和2年)に創業した醤油・味噌醸造の老舗・山二醤油醸造株式会社の3代目で代表取締役
仙山交流チャレンジマーケット会員・さとみの漬物講座企業組合会員。
山形ふれあいマーケット会長をはじめ山形県グリーン・ツーリズム推進協議会副会長、山形市社会教育委員を歴任。大曽根餅つき保存会会長でもあり、地域で特色ある食育活動を実践している山形県認定食育名人として、手作り味噌講座・餅つき体験講座・漬物講座・おいしい田舎ごはん講座も行っている。
・連絡先/023─643─2513
・E-mail ymn-shun(a)isis.ocn.ne.jp ※(a)を@にしてお送り下さい



支援活動の経過
2011年
3月 山形市総合スポーツセンター(山形市避難者支援センター)で餅つきの炊き出し支援。
その後、石巻市、気仙沼市、東松島市、名取市、南三陸町、山元町、女川町、大船渡市、郡山市など被災地の避難所や仮設住宅、復興関連イベントなどで餅をふるまう「出前餅つき」を実施。
7月 「山形市コミュニティファンド・市民活動支援基金」で『もちつきで被災地に“勇気と元気を届けよう”プロジェクト』が平成23年度の補助事業に選ばれる。
10月 山形市総合スポーツセンター(山形市避難者支援センター)にて、みちのく屋台こんにゃく道場、山形落語愛好協会と連携し、敬老イベントとして餅つきを実施。

山形市で行われた山形中央ライオンズクラブ主催の被災者招待事業で餅つきを実施。
2012年
7月 「山形市コミュニティファンド・市民活動支援基金」で『もちつきで被災地に“勇気と元気を届けよう”プロジェクトver.2 ~臼再生プロジェクト、被災地に臼と真心を贈ろう~』が平成24年度の補助事業に選ばれる。
2013年
3月 山形市総合スポーツセンターで行われた、かつて避難していた人たちの「同窓会」で餅つきを実施。
大曽根に伝わる「出前餅つき」

 〈新関〉 私の地元の山形市大曽根地区には、昭和30年頃まで「出前餅つき」の風習がありました。年末になると、農家の若者たちがリヤカーに臼と杵、せいろや釜を乗せて町場に出かけ、あちこちの家を回って、庭先で餅をついて代金をもらっていたそうです。
 その風習を餅つきの実演として現代風にアレンジして、平成15年に地区の有志約20人で「大曽根餅つき保存会」を結成しました。もともとは地域おこしが目的で、幻の餅米といわれる「おくしらたま」を復活した大曽根地区を「餅米の里」にしたいという願いもあったんですね。
 現在は年間約140回の依頼があって、町内会や学校行事、さまざまなイベントなど、県内外で「出前餅つき」を行っています。いまは、臼と杵でついた餅を食べる機会がほとんどなくなりました。一人でも多くの人に本当の餅の味を味わってもらいたい、そして大曽根に伝わる「出前餅つき」の伝統を次の世代に残していきたいと思って活動しているんですよ。


餅つきで“勇気と元気を届けよう”



塩竈市桂島の仮設住宅で餅つき支援
(2013年1月20日)
 東日本大震災での支援は、2011年(平成23年)の3月末に、発生後から避難所になった山形市総合スポーツセンターで餅をついたのが最初です。その後、石巻、大船渡、気仙沼、東松島、郡山など被災地の避難所や仮設住宅で餅をふるまう支援を行ってきました。
 当初、炊き出しに餅はあわないのではないか…という思いもありましたが、結構皆さんに喜ばれるので、餅つきを続けることにしたのです。
 震災の年には、通常の「出前餅つき」と被災地での炊き出し支援をあわせて延べ186回、餅つきを行いました。
 餅つきは小回りがきくというか、臼と杵でつくので電気はいりません。水もそれほど使わないので、水道が使えないところでもポリタンクに水を入れて持っていけば餅がつけます。それに、餅は数が出せるので、一度に大勢の人にふるまうことができるんですね。

 こうして餅つきに出向いているうち、「山形市コミュニティファンド」の「市民活動支援基金」を知り、『もちつきで被災地に“勇気と元気を届けよう”プロジェクト』という事業で応募しました。これが、公開プレゼンテーションによる市民審査員の投票で平成23年度の補助事業に選ばれたんです。
 この事業を被災地の方に広く知ってほしいと思い、河北新報に「仮設住宅などに、材料費も交通費も無料で餅つきに伺います」と掲載していただきました。

塩竈市桂島の仮設住宅で餅つき支援
(2013年1月20日)

 ちょうど、「仮設住宅でなかなか住民同士のコミュニケーションがとれない」といわれていた頃で、「餅つきは人が寄ってくるから、ひょっとするとお役に立てるのではないか」と考えたんですよ。
 河北新報で紹介されると、すぐに10か所以上の仮設住宅から申込みがありました。要請があったところには車1台で、私1人でも、平日でも土日でも、すべて行く。そういう覚悟でしたね。
 仮設住宅での餅つきの様子が新聞に出ると、今度はテレビ局の取材を受けるようになり、放送されると、それを見てまた依頼の電話をいただくという状況になって、支援要請が相次ぎました。
 結果的に、このプロジェクトで、被災地の避難所や仮設住宅の方、原発被害で山形市に避難されている方への「出前餅つき」は35回、延べ6,980人の方々に餅を提供させていただきました。
 1年目は補助事業のため無料でしたが、それでも補助金だけでは足りず、通常のイベントなどでの餅つきでいただいた謝礼を材料費などに充てて活動しました。それで、2年目からは材料費だけは、いただくことにしています。
 
被災した方と一緒に餅つき



岩沼市の仮設住宅に臼・杵を寄贈
(2012年12月9日)
   被災地での餅つきについて、「大曽根餅つき保存会」として2つのルールを決めました。1つは、「こちらから押しかけて行かない」ことです。社会福祉協議会などを通して、出前先を探したり一切しない。望まれないところに行っても仕方ありませんからね。
 2つ目は、「一緒に餅をつきましょう」ということ。こちらからは私1人か仲間と2人の最少人数で出かけますので、仮設住宅や避難所の方に、餅をかえすとか作業を手伝っていただいて、一緒に餅つきをする。
 震災後まもない頃、避難所は元気がなく、餅をふるまうとワッと集まってきて食べて、また自分の居場所に戻る…といった状況でした。それで、実際に餅をついてもらったり、手伝ってもらったり、参加してもらうかたちにしたんですよ。
餅つきはお年寄りにとっては懐かしいし、子どもたちや若い人には珍しい。「ヨイショ、ヨイショ」とにぎやかな掛け声で雰囲気もなごやかになって、仮設住宅のコミュニケーションづくりにも役に立ったと思っています。
 被災地に出向くだけでなく、山形に避難されている方たちにも餅つき支援をしました。たとえば、震災の年の10月には、みちのく屋台こんにゃく道場、山形落語愛好協会と連携して、敬老イベントを行いました。山形市避難者支援センター(山形市総合スポーツセンター)で、約200名の方への餅ぶるまいをしたんです。
 「子育てランドあ~べ」と連携して、自主避難されている母子の皆さんと一緒に「ままカフェサロン」で餅つきしたりもしました。


仙台市の仮設住宅に臼・杵を寄贈
(2012年12月9日)

 震災翌年(2012年)の12月、高校入試を控えた福島の中学生の勉強合宿が、山形市のJA「協同の杜」で行われました。札幌の支援団体が企画した、2泊3日の合宿です。そのときも最終日のお昼、私たちが合格を祈願して餅つきをしたんですよ。
 餅は普通、納豆餅・あんこ餅・きなこ餅にしますが、震災当初、被災地では野菜不足だと聞いたので、山形名物の「だし」を餅にからめた「だし餅」を出しました。さっぱりしておいしいと、これは評判がよかったですね。
 震災から2年後、山形市総合スポーツセンターに避難していた人たちの「同窓会」が開かれました。避難していたときに食べた山形の「だし餅」を、もう一度食べたいというので、餅つきをしたんです。このときも、とても喜ばれました。


眠っている臼や杵を被災地へ



気仙沼市の保育園に臼・杵を寄贈
(2013年1月12日)

 震災の年の12月、石巻の幼稚園から「出前餅つき」の依頼がありました。それまで毎年、近所の方から道具を借りて餅つきをしていたが、津波で流されてしまった。それで、私たちに餅つきに来てほしいということでした。その話を聞いて、餅つきの道具を必要とする人がいることを知ったんです。
 一方で、家や地域で餅をつくことがなくなり、立派な臼や杵が物置に置かれたままになっている…そんな話も耳にしていました。それで、家庭に眠っている臼や杵を提供してくれるよう呼びかけて、被災地に贈る活動を始めたんですよ。
 このときも「山形市コミュニティファンド」の「市民活動支援基金」に『もちつきで被災地に“勇気と元気を届けよう”プロジェクトver.2 ~臼再生プロジェクト、被災地に臼と真心を贈ろう~』という事業で応募して、平成24年度の補助事業に選ばれました。


気仙沼市の保育園に臼・杵を寄贈
(2013年1月12日)

 2013年(平成25年)の3月まで臼や杵の提供を受け付けて、山形市内などの方から臼12台、杵10本をもらい受けました。そのうち、職人さんにひび割れなどを修繕してもらって、使えるものが臼8台、杵8本。被災地の学校や幼稚園、町内会、仮設住宅自治会など、餅つきイベントで活用してくれそうな6つの受け入れ団体に贈りました。私たちが訪問して、餅のつき方を教えたり、餅ぶるまいをしたんですよ。
 臼と杵で餅をつき始めると、自然と人が集まってきます。誰もが笑顔になるのが、餅つきの魅力。餅つきはやっていて楽しいし、喜んでもらえるのを実感して、うれしいですね。それに、何といっても「おいしい」と言ってもらえるのが一番の喜びです。
 一日も早く被災地が復興して、通常のイベントで、楽しいことで「出前餅つき」に行けるようになることを願っています。

 



〈取材:2016年5月〉


 取材を終えて
たなかゆうこ
 ペッタンペッタンと臼と杵での餅つき。避難所や仮設住宅での「出前餅つき」は、炊き出し支援としてお腹を満たすだけでなく、大変な状況の中で、被災者や避難者の方がほっと心なごむ時間、コミュニケーションのきっかけも提供したのではないでしょうか。また、自分たちで餅をつきたいと臼と杵を受け取った方たちにとっては、餅つきは自立に向けた第一歩となるものだったかもしれません。「大曽根餅つき保存会」では、自分たちがこれまで大切にしてきた「餅つき」というリソースを無理なく活用したからこそ、継続した支援ができたのだと感じました。 
たなかゆうこ
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