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山形つながるプロジェクト

石巻での炊き出しボランティアの経験を活かして、原発事故で避難されているご家族へ「食」を通じた支援、そして山形の豊かな自然を活かした保養を行う徳永美嘉さんを取材しました。(取材:本間 明子)
やまがた避難者支援団体 活動インタビュー Archive number 006
山形つながるプロジェクト
やまがた つながる プロジェクト


おだまきの家
山形つながるプロジェクト のプロフィール
(保養担当 徳永 美嘉さん)



TEL: 080-6033-0596  FAX: 02385-688-8137
HP: http://tunagarupro.blogspot.jp/
E-mail: mikatoku2289(アットマーク)yahoo.co.jp
※(アットマーク)を@にしてお送りください。



支援活動の経過
2012年
4月~ 情報交換及び情報発信
継続中
6月~ 料理サロン
2015年6月までに28回実施・継続中
6月~ 交流会及び食事会
2015年9月までに約50回実施・継続中
7月~ 山形県小国町おだまきの家での保養
2015年8月までに20回実施・継続中
8月~ 他支援団体との協働保養
2014年10月までに9回実施・継続中
石巻での炊き出しボランティア

 東日本大震災が発生して2ヶ月が経った2011年5月。友人たちの炊き出しに同行する形で、つれあいが支援物資の配達活動をしていた石巻を初めて訪れました。そして、避難所に到着して早々、私は衝撃を受けました。避難されている方が「この2ヶ月、パンとおにぎりだけで、温かいものを全く食べていない」とおっしゃるのです。「一刻も早く皆さんに温かいスープを届けたい!」という強い想いがこみ上げ、全国から集まってきた同じ想いを持つボランティア仲間とともに、「NPO法人いしのまき環境ネット つながる炊き出し隊」として、炊き出しを開始しました。

 私たちは、行政やボランティアの支援が届きにくい小規模の避難所を中心に活動を行いました。また、炊き出しや、支援物資の配達だけではなくコミュニティ形成も図ろうと、1階部分を流され、2階で生活を続けていた人達のいる地区、浦屋敷に交流サロンを開設しました。これらの活動を通して、今どのようなサポートを必要としていらっしゃるかなど、生の声をお聞きすることができました。その要望をもとに今度は仮設住宅をより暮らしやすくするためのお手伝いにも着手しました。
 例えば押入れの中に間仕切りをつけて、高齢者の方がものを出し入れしやすくしたり、少しでも収納スペースを増やそうと、玄関部分に下駄箱を作るなどの収納改善プロジェクトを行いました。


メンバーとともに炊き出しにあたる徳永さん

 このようにして1年という月日が経とうとしていた頃、山形では約1万3千人の人が避難生活を送っていらっしゃいました。私はかねてから原発事故に対して危機感を持っていました。しかし、東京から山形の地元に帰ってきてからは子育てに追われる生活を言い訳に何もアクションを起こすことはありませんでした。そうした自分に対して悔しさを感じていたこともあり、石巻にいながらも福島の原発事故のことは頭から離れず、山形に避難されている方々のことが、ずっと気になっていました。

 そして1年という節目を迎え、「地元山形でも何かやれることがある」という想いが強くなり、石巻をあとにすることを決めました。


太陽の下で、のびのびと遊ばせてあげたい

 私が石巻から戻った2012年4月。山形ではすでに多くの方がボランティア活動をなさっていました。私にできることを探そうと、インターネットなどから情報を集めていたところ、福島から母子避難されているお母さんたちが「ふくしま子ども未来広場」という団体を立ち上げるという情報が目に入り、さっそく足を運ぶことにしました。

 避難をされているお母さんたちを前にして、私はまず、「今どんなことが負担になっているか、どんなサポートが必要か」を聞き取りました。様々な要望が挙げられる中、やはり、皆さん共通していたのは、「放射線の不安がない場所で、子どもをのびのびと遊ばせてあげたい」、という声でした。

 早速私は友人や知人、石巻で知り合ったボランティア仲間にも協力を依頼し、保養を企画・実施することにしました。縁あって保養の場所は小国町叶水地区にある「おだまきの家」という一軒家に決まりました。足を運んでみて、ここならきっと思い描いたような活動ができると確信しました。そして「つながる炊き出し隊」から、「山形つながるプロジェクト」と改名し、あらたな想いで小国町での保養活動をスタートしました。

 保養というのは、原発で汚染された地域から離れた場所で、太陽の光を浴び、新鮮な空気の中でのびのび遊び、心も体もリフレッシュするというもの。通常保養というと、北海道や関西など遠く離れた土地で行うことが多かったのですが、遠方にいくための時間の確保や経済的な理由で誰もが気軽に参加することは難しいのが現状でした。

 でも小国町なら1泊2日、日帰りでも足を運ぶことができるちょうどよい場所で、自然もたっぷり。私は山形県に避難されている方だけでなく、福島に残って生活しているご家族にも参加を呼びかけました。山形に避難していらっしゃるご家族と、福島に残っているご家族には、それぞれの選択に誤解が生じていると常々感じていましたので、保養の場をきっかけにお互いの考えを理解し、その溝を埋めたいと考えたからです。

 こうして2012年7月に第1回目の保養を実施しました。その後も雪のない6月から11月頃まで定期的に実施し、2015年8月で20回を数えました。おだまきの家は7部屋あり、家族ごとに1部屋ずつ割り当てプライベートも確保した上で、日中はみんなで一緒に川遊びをしたり、自然の草木を使ったクラフトを楽しんだり、温泉に入ったり、そして夜は花火をしたりと、自然遊びを満喫しました。細胞を回復させるには、身も心もリフレッシュすることが一番なんですよね。

 また朝・昼・夕の食卓はもちろん全員で囲み、一層交流を深めました。子どもたちが眠りについたあとは、お父さん、お母さんが集まって、お酒を片手に様々な情報交換や悩みの共有などを行う時間をつくりました。それぞれがベストの選択をし、そしてそれぞれの土地で頑張っている、とお互いの選択を認め合えるいいきっかけになったのではないかと思います。また共通の想いをもってこの場所に集まったということもあって、普段なかなか話すことができない心のうちを話すこともできたようです。


食卓の再生をサポートしたい

 私はもう1つサポートしたいと思っている課題があります。それは「食卓の再生」です。福島から山形に母子避難されている方のほとんどは、被爆への不安、避難していることへの負い目、そしてそれらの悩みが原因で、日常生活の基本的なリズムが崩れている方も多くいらっしゃったのです。

 中でも食生活の問題が顕著でした。生活のために何かをしなければと思っても、思うように手がまわらず、家族で食卓を囲むことがなかなか難しい状況が見えてきました。子どもの健康を考えた上での避難が、逆に食生活の面で影を落としていたのです。食は生活における基本です。これから一歩ずつ前に進むためにも、親も子もしっかり食べて欲しいのです。
 私はもともと料理をすること、食べること…、とにかく食に関することが大好きで(笑)、炊き出しも得意分野を活かそうとはじめたことだったのです。

 こうして考えた末、思いついたのが「料理サロン」でした。月に2回公民館を借りて、ボランティアの方に託児をお願いし、お母さんたちが集まって料理を作るというものです。それぞれが分担して何品も作り、できあがった料理は家族ごとに小分けにして持ち帰り、それぞれの家庭で夕食にするのです。1人で孤独を感じながら日々食事の支度するのと違って、みんなでおしゃべりをしながら料理する。手を動かしながら、子育ての相談や、何気ないことを話すのって、すごくストレス発散になるんですよね。

 終わったあとは少し心が軽くなり、おみやげのおかずを手に帰る。みなさんとても喜んでくださいました。料理サロン以外にも、クリスマス会、お花見など季節ごとのイベントも開催し、私にとってもたくさんの思い出ができました。

 お母さんたちは現在山形で働きはじめている方も多く、日中の参加が難しくなっている人もいます。今後は夕食会というかたちも加えて行いたいと考えています。ここでは私と、こども未来広場のスタッフが料理を作り、それを皆さんに食べていただこう、というスタイルを考えています。1週間に1食だけでも実家に帰ったときのように「誰かが作ってくれた食事を食べる時間」って、リフレッシュになりますよね。皆さんの笑顔を励みに、今から心を弾ませています。

 私は「福島の問題は、福島の人達だけの問題ではない。」ということを、もっと伝えたいと思っています。日本では、昔から「結(ゆい)の作業」が行われてきました。例えば、誰かが家を建てるときはみんなで駆けつけ、自分の家を建てるときはみんなが駆けつけてくれる、いわゆる協働ですね。福島の事に限らず、それぞれの課題を他人事とせず一緒に日常を乗り越えていく。その心を大切にしたいと思っています。そして、今私ができることをしていきたい、と常に考えています。
 2017年には現在の借り上げ住宅の期間が終了になる見込みです。

 避難されている方にとって、来年1年は今後の生活をどうしていくのかの決断をせまられることになるでしょう。その時に皆さんが「自分たちはベストな選択をしたんだ」と思えるよう、良い選択をするためのエネルギー源になるように、食を通してサポートを行っていきたいと思います。原発の問題は本当に大きな問題です。自分の子ども、孫の時代は明るいのでしょうか?考えつづけること、行動し続けることを止めてはいけないと思います。

〈取材:2015年9月〉


 取材を終えて
本間明子
 保養での食事や料理サロンで腕をふるう徳永さん。参加者の方からも毎回大好評とお聞きしました。「徳永さんの料理を、皆さん楽しみにしているのですね」と聞くと、「そう!私、料理に関しては天才なの(笑)。私の料理、おいしいわよ!」とニッコリ。きっと参加者の皆さんは、料理とともに徳永さんの明るい笑顔のエネルギーも味わっているんだな、と感じました。多くの方に元気を分けてくれる徳永さんの魅力的な笑顔に、わたしもエネルギーをいただきました。
本間 明子
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