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フクシマの子どもの未来を守る家

 「さまざまな事情から県外に引っ越すことができずに、不安な気持ちで子育てをしている方々へ、一時的にでもゆっくり遊んでほしい。」そんな想いから一時滞在の家の貸し出しをおこなっている「フクシマの子どもの未来を守る家」。始めたきっかけは、インターネットで見たあるウェブサイトでした。代表の高橋裕子さん、事務局長の白幡修さんにお話をうかがいました。(取材:海谷 美樹)
やまがた避難者支援団体 活動インタビュー Archive number 003
フクシマの子どもの未来を守る家
ふくしまのこどものみらいをまもるいえ

フクシマの子どもの未来を守る家 プロフィール
「フクシマの子どもの未来を守る家」

代表 高橋 裕子(たかはし ゆうこ)さん

山形県鶴岡市生まれ。地元高校を卒業後、京都市に進学。滋賀県の障碍児施設「第2びわこ学園」で2年間、京都市の「青いとり保育園」で約31年間勤務。退職を機に2009年から京都と鶴岡を往復する暮らしを始める。

東日本大震災の2011年6月はじめに母子疎開支援ネットワーク「hahako」に登録、6月末から「フクシマの子どもの未来を守る家」の活動を始める。

 ■「フクシマの子どもの未来を守る家」事務局

〒997-0827 山形県鶴岡市陽光町8-21
TEL 080-6023-7490 
E-mail mt.chokai1956(アットマーク)ezweb.ne.jp アットマークを@にしてお送りください。
WEB http://mamoruie.jimdo.com/

 ■「守る家」の利用方法
使用期間:1泊~およそ1ヵ月滞在(要予約)
利用料金:1泊大人1,000円 中・高校生500円 小学生以下無料
※その他についてはウェブサイト参照またはお問い合わせください。
http://mamoruie.jimdo.com/


のびのび遊べる環境を子どもたちへ
支援活動の経過
2011年
  6月 母子疎開ネットワーク「hahako」に疎開先として登録
  7月 家族の受け入れ開始
  8月

サポーター会議開催

 12月 サポーター学習会(7回)

★2011年度利用 20家族(子ども40人)

2012年
  1月 サポーター学習会(8回)
  2月 DVD上映会開催

親子スキー教室、シンポジウムなどを開催
  3月 「フクシマを忘れない、汚染の中で生きること家族の選択」影山さんを囲んでみんなで考える集いを開催
  4月 「高速道路無料措置継続を」署名 (400筆)
  7月 DVD上映会、海水浴、ヨガ教室などを開催
  8月 「福島のお母さんの生の声を聴くつどい」開催
 10月 「放射能に負けないで生きぬこう」肥田舜太郎氏講演会開催 (240名参加)
 12月 DVD上映会開催
★2012年度利用 59家族(子ども125人)
2013年
  1月 餅つき、新年会、DVD上映会などを開催
  2月 県知事に要望書提出
  4月 セルフケア講座、集いなどを開催
  7月 録画上映会、海水浴などを開催
 12月 餅つき交流会開催
★2013年度利用 48家族(95人)

2014年

  2月

録画上映会開催
  3月 3年目のキャンドルナイト参加

★2014年3月までの利用者数

のべ127家族・子ども263人・単身青年2人

(活動報告書より抜粋)

<高橋> 私は京都府に住んでいたのですが、親の介護のために家族の住む京都と山形を行き来する生活をしていました。山形では親戚から一軒家を借りて、そこに一人で暮らしていたんです。そのため、「福島で放射能の影響で外遊びができない子どもがいる」と知った時に、うちで良ければ使ってほしいと思ったんです。

 それを知ったきっかけは、「母子疎開支援ネットワーク『hahako』」(http://hinanshien.blog.shinobi.jp/)というウェブサイトでした。そこに「うちに来てください」と登録をしたのですが、問い合わせ先を間違えてしまって(笑)。事務局の方から「問い合わせがこちらに来ている」と連絡をいただいて、初めて希望者の方とつながったんです。

 いちばんはじめに来られた方は、生後10ヶ月の子をもつご家族でした。外に出していなかったので夜泣きが激しいと心配していましたが、ここに来てたくさん外でお散歩していたためか、一度も夜泣きをすることはありませんでした。

<白幡> 私は、精神的に落ち込んでおり、自宅で療養中だった時に高橋さんから声をかけられました。もともと子どもが好きだったので、子どもの相手ならできるかなと思い、活動に参加することにしました。

 初めて参加した子どもたちが、「ここではふつうに深呼吸していいの?」、「土を触っていいの?」と両親に聞いている姿を見て衝撃を受けました。子どもたちがのびのびと遊べる環境の必要性を強く感じましたね。
電気、ガス、水道はもちろん生活用品完備だから我が家のようにくつろげる
電気、ガス、水道はもちろん生活用品完備だから我が家のようにくつろげる

受け入れ拡大とサポーターの協力

<高橋> この活動を始めたら、希望者が次々に来ました。「子どもを遊ばせられない」、「事情があって避難できない」、そんな方がたくさんいらしたんです。週末に一家族だけでは足りないと思いました。親戚や同級生などに声をかけ、空き家提供に協力してくれる家主を探しました。1ヵ月がすぎ、ようやく4軒となり、夏休みには13家族に利用してもらうことができました。

 その頃は、マスコミも注目していたので取材もたくさん来たり、物資や寄付での協力があったりと、活動はとても活発でした。特に、近くの大学生や一般の方が、サポーターとして子どもの遊び相手や工夫を凝らした催しをしてくれるのが、とても助かりました。

 そうしていくうちに、私も「補助金」というものがあるんだということを知り、2012年度は補助金に申請して財源を確保できるようになりました。サポーターの方も、自分の得意な分野を活かしていろいろと協力してくれて、2012年度は59家族の方に利用していただくことができました。

サポーターといっしょに思いっきり外遊び

サポーターといっしょに思いっきり外遊び。サポーターといっしょに思いっきり外遊び。
 
たくさんの家族とのふれあいの中で

<高橋> 空き家といっても、生活用品が揃っていて、家族単位で好きなように過ごせるのが私たちの家の特長です。

 来てくれる家族は、子育て真っ最中の方がほとんど。ずっと保育士をしていた経験から、子どもへの対応や食事のお世話などをアドバイスしていることも、とても喜んでもらえているようです。お母さんも(放射能があるから)「さわっちゃダメ」、「外に出てはダメ」など、「ダメ」と言う必要がないので、笑顔の中に安心感があります。子どもたちものびのびと外で遊んで本当に楽しそうにしてくれていますね。

<白幡> 私はなぜか子どもから好かれるんですよ(笑)。大抵の子は、会ってすぐに「しらちゃん、しらちゃん」と。でもたまに人見知りする子もいて、その子のツボはどこかなと思うと、意外なことだったり。

 落ち込んでいる時期に子どもと触れ合う機会をいただいて、私自身がとても元気づけられました。今は福祉施設で働いていますが、この活動でたくさんのご家族と触れ合えたからこそと思っています。

これからも子どもたちのために
高橋さんとサポーターのみなさん高橋さんとサポーターのみなさん

<高橋> 震災から4年が過ぎ、周囲の意識の風化も気になるところです。民家の維持もメンテナンスに費用がかかるのですが、こういった活動の補助金も最近は少なくなってきたように感じています。

 現在、サポーターは20名程度。数年前に大学生として参加していた人が、卒業しても続けてくれています。いろいろな勉強会や企画をしながら、これからも続けていきたいと思います。特に中高生の子どもたちにも、部活動や学業で忙しい中とは思いますが、来てほしいと思っています。

 「いつでも行ける家がある」。そう思っていただけると、いいなと思います。

高橋さんとサポーターのみなさん申し込み方法やくわしい内容はウェブサイトをチェック
 
〈取材:2015年9月11日〉


 取材を終えて
海谷 美樹

 親戚の家に遊びに行くように、家族で利用できる「いつでも行ける家」。「家をまるごと貸そう」というアイディアもそうですが、高橋さんの行動力と優しさが、まわりの人を巻き込んで相乗効果を生み、活動が続けられているのだと感じました。

海谷 美樹

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