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復興ボランティア支援センターやまがた

 東日本大震災から5か月後の2011年8月、復旧・復興に向けたボランティア活動を長期的・安定的に継続するため、県内の3つのNPO法人と山形県が連携し、「復興ボランティア支援センターやまがた」を開設しました。
 大規模な災害経験がない中で、官民協働での支援センターの設立に至った経緯やこれまでの活動、今後の方向性など、所長で、構成団体の一つNPO法人山形の公益活動を応援する会・アミルの代表理事を務める齋藤和人さんにお話を伺いました。(取材:たなか ゆうこ)
やまがた避難者支援団体 活動インタビュー Archive number 001
復興ボランティア支援センターやまがた
ふっこうぼらんてぃあしえんせんたーやまがた

復興ボランティア支援センターやまがた プロフィール
所長 齋藤和人(さいとうかずと)さん

〔構成団体〕
 NPO法人 Yamagata1
   (海谷美樹事務局長)  
 NPO法人 山形の公益活動を応援する会・アミル
   (齋藤和人代表理事)  
 NPO法人 ディー・コレクティブ
   (2011年当時・千川原公彦代表理事)  
 山形県環境エネルギー部 危機管理・くらし安心局 危機管理課
       復興・避難者支援室 
 山形県企画振興部 県民文化課 



■復興ボランティア支援センターやまがたの問合せ先
〒990-2412 山形県山形市松山3丁目14-69 FM山形ビル1階
TEL:023-674-7311  FAX:023-674-7312
http://kizuna.yamagata1.jp/
E-mail:kizuna(アットマーク)yamagata1.jp アットマークを@にしてお送りください。
NPOと県が連携して開設した情報中間支援拠点
支援活動の経過
2011年
3月13日 「山形県災害ボランティア支援本部」設置
6月 「つながろう! ささえあおう! 復興支援プロジェクトやまがた」設立
8月

「復興ボランティア支援センターやまがた」開設

支援センターのホームページを開設

 避難者向けフリーペーパー「うぇるかむ」創刊 

「災害ボランティアガイドブック 2011夏」発行 
「やまがた・ささえあいメーリングリスト」開設

9月~ 「支援者のつどい」開催(毎月1回)
11月~ ボランティアリーダー研修会実施(2012年1月まで計4回)

「復興ボランティアガイドブック 2011冬 復興支援版」発行
2012年
2月 携帯電話閲覧の避難者用サイト「つながろうNET」開設
7月 JCN(東日本大震災全国ネットワーク)と共催で「広域避難者支援ミーティング」を山形市で開催
2015年
3月 「東日本大震災における 山形県の協働・支援活動の記録 ~つながろう! ささえあおう! 復興支援プロジェクトやまがた~」発行

─東日本大震災では山形県は被害が比較的少なかったものの、震災後は混乱し、被災した方や被災地をどう支援したらいいのか、試行錯誤の時期が続きました。そうした中で、官民協働でボランティア活動の拠点を開設したことは、画期的なことだったと思います。当時の状況、開設の経緯などお聞かせください。

〈齋藤〉 「山形県災害ボランティア支援本部」(以下、支援本部)が立ち上がったのは、東日本大震災の発生後すぐの3月13日です。発災当初から県内の関連NPO団体が支援本部に集まって、被災者・被災地支援の動きがはじまりました。

 のちに「復興ボランティア支援センターやまがた」(以下、支援センター)を構成する私たちのNPOもそうした協力団体でした。 Yamagata1は、独自に運営する地域総合サイトでいち早く「震災情報コーナー」を設け、さらに支援本部の協力団体として情報班に加わりました。また、地域の防災活動の支援に取り組んでいたディー・コレクティブは、震災前から「山形県災害支援ボランティアネットワーク運営連絡会」の一員でした。アミルは公益活動団体への中間支援を行うNPOとして何ができるのか、最初はまったくわからない状況でしたが、県内や県外のNPOから「ボランティア募集の広報をしてほしい」など断片的な依頼が入るようになり、次第にNPO関係の全国的な組織のつなぎ役、情報の窓口の役割を果たすようになりました。

  山形県は被災した宮城県・福島県に隣接し、岩手県とも近いことから、発災直後から多くの人や団体が被災地に行き、避難所での炊き出しや物資の提供、瓦礫の片付けや側溝の泥だしなどの復旧ボランティア活動を行うようになります。支援本部では、県内外の支援団体からの断片的な情報を集約・分析して、救援物資の手配など支援方法の検討をはじめました。

 ですが、支援本部は行政が設置するという性格上、いろいろな制限もあり、迅速な対応がなかなか難しい。被災地でどんな支援が必要とされているか、ニーズや状況は変わっていきます。それに対応して、もっと早く柔軟に民間団体などが動ける仕組みをつくらないと、支援したいけれどできないような状況になってしまう…そうしたもどかしさを感じはじめました。

 また、被災地の支援は長期間にわたると考えられましたから、ボランティア活動を長期的に安定して継続しなければなりません。そのためには、民間主導の体制づくりが必要なのではないかと考えるようになりました。そうしたことをYamagata1の海谷さんやディー・コレクティブの千川原さんと話している中で、復興活動情報の中継拠点となる「復興ボランティア支援センター」の構想ができたのです。

  その後、6月に私たちNPO法人3団体と山形県の県民活動の担当課で協議体「つながろう! ささえあおう! 復興支援プロジェクトやまがた」を立ち上げました。これまで時間がかかったのは、財源の問題があったためです。支援センターを開所して運営するには場所とスタッフが必要で、お金がかかります。その財源を確保するために、国の「新しい公共支援事業」に「NPOと行政との協働による震災被災者支援活動の展開」というテーマで事業を提案して「新しい公共の場づくりのためのモデル事業」の補助を受け、8月に山形市松山に支援センターを開設しました。

復興ボランティア支援センターやまがた 正面入口
復興ボランティア支援センターやまがた  正面入口
復興ボランティア支援センターやまがた 室内(情報展示物スペース)
復興ボランティア支援センターやまがた 室内(情報展示物スペース)
復興ボランティア支援センターやまがた スタッフと避難者の相談風景
復興ボランティア支援センターやまがた スタッフと避難者の相談風景
 
避難者への情報支援・支援団体への後方支援を柱に

─震災から4年半になりますが、この間、「復興ボランティア支援センターやまがた」ではどのような活動を行ってきたのですか?

災害ボランティアガイドブックと復興ボランティアガイドブック
災害ボランティアガイドブックと復興ボランティアガイドブック

〈齋藤〉 震災の直後から、県内では有志や企業、団体、市町村などがそれぞれ被災地でのボランティア活動や、県外から山形に避難された方への支援をはじめていました。そこで支援センターでは、震災に関する民間・行政の支援情報などを集めて〈情報の一本化〉を図ろうと、ホームページを開設しました。ボランティアや支援したい人と、支援を求める人をつなげるため、支援活動の場所・団体・活動内容といった情報の収集と受発信を行ったのです。

 支援センターには、ほかに〈被災地ボランティアへの支援〉〈避難者への情報支援〉〈支援団体への後方支援〉の3つの機能があります。被災地でのボランティアへの支援としては、災害ボランティアの未経験者がほとんどでしたから、安全講習・傾聴講習の研修会を実施したり、「災害ボランティアガイドブック」「復興ボランティアガイドブック」を発行し、支援センターの中には、被災地でのボランティア活動を紹介する写真や、被災地に行く際に必要な服装・持ち物などを展示しました。被災地へのボランティアバスの運営をはじめた「山形ボラバス推進コンソーシアム」と連携しながら、初めての人もできるだけスムーズに参加できるようにと考えたのです。

 現在は、〈避難者への情報支援〉〈支援団体への後方支援〉の2つが活動の中心になっています。 

「うぇるかむ」第1号と最新号(第64号)
「うぇるかむ」第1号と最新号(第64号)

 避難されている方への情報支援としては、2011年8月にフリーペーパー「うぇるかむ」を創刊しました(A4判・4ページ/第2号より6ページ)。県内には、特に福島から自主避難してきた母子が多くて、夫と離れて、小さい子どもや赤ちゃんを連れて避難してきている若いお母さんは、知らない土地で話し相手がいない…という状況でした。そのような方たちや、宮城・岩手・福島県沿岸部の津波による被災者や避難者の方々に山形での暮らしに役立つ生活情報、避難者向けのイベント、現地の様子など、さまざまな情報を届けるフリーペーパーです。当初は隔週で1,000部、現在は月1回3,700部発行して、この8月で第64号を数えます。定期的に発行してきたということで、皆さんから信頼感を持っていただけていますし、読者の方からいろいろな声も寄せられて、貴重な情報源になっているのではないでしょうか。

 「うぇるかむ」は、県内の公共施設やスーパー、民間の支援拠点などに設置しているほか、2014年6月から県内すべての避難世帯へ郵送していて、支援センターのホームページでPDF版でも見られるようにしています。

 支援団体への後方支援については、2011年9月から毎月1回「支援者のつどい」を定期的に開催しています。被災地支援・避難者支援に関わる県や市町村の避難者担当課、社会福祉協議会、NPO団体、個人のボランティアなど、さまざまな立場の方が毎回20人から40人参加して、自分たちが現在どんな支援活動をしているか、何に困っているかなど、情報を共有して話し合う集いです。

支援者のつどい
支援者のつどい

 また、支援センターは、支援団体の仲介・相談の窓口になっています。震災の起きた2011年は被災地支援を行う団体が多かったのですが、翌年になると避難者支援団体の広報や活動資金の相談などが増えました。避難されている方の支援活動では、行政や社会福祉協議会、NPOとの連携や支援の調整が必要になりますので、この三者間の情報の中継や支援の仲介を行いました。

 ほかにも、全国的な中間支援組織と情報交換していますし、2012年にはJCN(東日本大震災全国ネットワーク)と共催で「広域避難者支援ミーティング」を山形市で開催しました。

 
普段からの信頼関係・つながりの重要性を実感

─それぞれ活動分野の異なるNPOが集まり、行政と連携して短期間に支援センターを立ち上げたこと、開設後から状況の変化に合わせてさまざまな事業を行い、現在も継続していることはすばらしいですね。


〈齋藤〉
 それができたのは日頃の、いわゆる「顔の見える関係」がベースにあったからだと思います。海谷さん、千川原さんと私は、NPO関連の会議などいろいろな場で一緒になり、普段から情報交換していました。ですから、お互いに、どんな考えでどんな活動をしているかがわかっていたので、この方たちと一緒なら何かできるのではないか…と思ったのです。そういう信頼関係が大きかったですね。

 それに、海谷さんのYamagata1は情報系、千川原さんのディー・コレクティブは防災支援、私のアミルは中間支援と、それぞれの活動分野が違っていたことで、多面的に支援できる体制ができました。いざというとき、まったく知らない同士が集まれるものではないし、集まったとしてもすぐに動くことはできません。今回の震災で、普段からの人間関係、つながりが大事だとあらためて実感しましたね。

  じつは、震災の当日、県庁の会議室で県の協働提案事業の説明会があって、偶然にも海谷さん、千川原さんと私も参加していました。その説明会の最中に震災が起きたんです。いまになってみれば、何か不思議な偶然のように思えます。

─津波による被害、そして東京電力福島第一原子力発電所事故によって、山形県にはピーク時で14,000人弱の方が避難され、2015年3月時点でも4,000人を超える方が生活されています。時間の経過とともに被災地支援から避難者支援へ軸足が移り、復興支援のニーズが多様化・個別化していますが、今後、支援センターではどのような活動をしていくのでしょうか?

〈齋藤〉 これまでのように〈避難者への情報支援〉と〈支援団体への後方支援〉が大きな柱になります。

 震災から4年半近くたち、被災地では仮設住宅から災害復興住宅に移られていて、それによって仮設住宅でできたコミュニティがバラバラになり、災害復興住宅でまた新たにコミュニティをつくり直さなければなりません。それが大きな課題になっていますが、同じような問題が、山形に避難していて福島に戻ったり、関東など次の場所に移った方にもあるんですね。山形にも自主避難した母子だけでなく高齢者や二世帯家族もいますし、沿岸部から避難された方など一口に「避難者」といっても状況はさまざまです。そこで、避難者の方の孤立を防ぐために、どこにいても情報を得ることができる仕組みづくり、避難元・避難先での情報提供をどうするか、県内だけでなく県外も含めて支援団体同士の情報交換が必要な時期になってきていると思います。宮城にも福島からの避難者が3,000人くらいいますので、もっと山形と宮城の連携も必要ですね。

やまがた避難者支援協働ネットワーク総会
やまがた避難者支援協働ネットワーク総会

 また、支援者が激減していることもあり、支援団体を可能な限りサポートしていくことが、支援センターの役割だと考えています。

 現在、山形県では平成25年に「やまがた避難者支援協働ネットワーク」を設立しており、こちらのネットワークとも連携して支援活動を行っています。



〈取材:2015年8月9日〉


 取材を終えて
たなかゆうこ

 「復興ボランティア支援センターやまがた」は「つながろう! ささえあおう!」という言葉通り、被災者・避難者と支援団体、そして支援団体同士をつなぐ重要な役割を果たしてこられました。これからも避難者・支援者の立場に立った支援をお願いしたいと思います。ありがとうございました。 

たなか ゆうこ

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