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山形県映画センター

フィルムの貸し出し、出張上映、映写技師の派遣など、良質な映画の配給や自主制作作品・自主上映会の支援活動を行なっている山形県映画センター。今回は代表メンバーの宮沢さんにお話をうかがいました。
やまがた震災支援活動アーカイブ Archive number 006
山形県映画センター
やまがたけんえいがせんたー


宮沢啓さん 山形映画センター プロフィール
 1979年に設立。親子、教育、人権、平和、福祉、環境、国際理解などのテーマを扱った多様な映画を扱い、青少年の育成や生涯学習に役立つ映画、地域文化の振興に寄与する映画を紹介。また東京など大都市での上映のみで終わってしまう作品などの自主上映会の企画支援も行っている。
山形市香澄町2-8-1 フォーラム山形3階
http://forum-cinema.com/eigacenter/
連絡先/TEL:023-641-0343
←写真は山形映画センター副代表の宮沢啓さん


支援活動の経過
☆ はYIDFF「ともにあるCinema with Us」被災地巡回上映(無料)
★は県内外団体から復興支援に関する依頼を受けた上映会(請負)
2011年
4月8日 山形市・総合スポーツセンター
4月23日 米沢市・米沢市総合文化センター
4月24日 山形市・山形市総合スポーツセンター
4月28日 飯豊町・飯豊少年自然の家
4月29日 上山市・体育文化センター
5月5日 石巻市・湊小学校
5月11日 石巻市・湊小学校
5月14日 山元町・山下中学校多目的ホール
5月14日 山元町・山下中学校体育館
5月18日 山元町・山下第一小学校
5月19日 山元町・坂元中学校
5月28日 石巻市・牡鹿半島追分温泉
5月29日 山元町・山下第一小学校体育館
5月30日 最上町・最上中学校最上寮
6月4日 飯豊町・飯豊少年自然の家
6月12日 南相馬市原町区・朝日座
6月17日 飯豊町・飯豊少年自然の家
6月18日 二本松市・JICA二本松
6月21日 山元町・山下第一小学校
6月25日 八戸市・八戸ポータルミュージアムはっち
7月2日 二本松市・JICA二本松
7月7日 南陽市・赤湯温泉近江屋旅館
7月8日 米沢市・城南一宮神社社務所
7月16日 伊達市・梁川農業改善センター
7月28日 伊達市・上保原児童クラブ
7月28日 伊達市・だて児童クラブ
8月19日 米沢市・万世コミュニティセンター
8月22日 伊達市・伊達東公民館
9月13日 郡山市・たちばな幼稚園
11月6日 南相馬市原町区・朝日座
11月14日 会津若松市・コミュニティステーションteco
11月25日 相馬市・大野台応急仮設団地高齢者等サポートセンター
11月29日 福島市・松川第二応急仮設住宅集会所
11月29日 福島市・松川第一応急仮設住宅集会所
12月3日 米沢市・万世コミュニティセンター
12月10日 南相馬市原町区・朝日座
12月17日 伊達市・月舘町中央公民館
12月18日 福島市・吉倉公務員宿舎
12月25日 石巻市・仮設渡波第二団地集会所
2012年
1月28日 ☆福島市・福島大学AVルーム
2月5日 石巻市・仮設渡波第二団地集会所
2月11日 山形市・総合スポーツセンター
2月12日 ☆山田町・中央公民館
2月18日 いわき市・南台双葉町応急仮設住宅集会所
2月19日 いわき市・勿来の関公園「吹風殿」
2月25日 会津美里町・楢葉町応急仮設住宅集会所
3月1日 ☆塩竈市・游ホール
3月4日 会津若松市・県立博物館講堂
3月11日 ★下郷町・ふれあいセンター
3月17日 ☆南相馬市原町区・朝日座
3月25日 石巻市・仮設渡波第二団地集会所
3月26日 山形市・総合福祉センター交流ホール
3月26日 郡山市・富田町応急仮設住宅おだがいさまセンター
3月30日 会津若松市・河東町河東学園応急仮設住宅集会所
6月16日 相馬市・柚木応急仮設住宅集会所
6月16日 相馬市・大野台応急仮設団地高齢者等サポートセンター
7月21日 伊達市・農村環境改善センター
8月3日 ★伊達市・保原センター
8月11日 会津若松市・県立博物館講堂
8月24日 ★気仙沼市・市民会館
9月28日 ★二本松市・市民交流センター
9月29日 いわき市・豊間小学校校庭
10月28日 ★奥州市・文化会館中ホール
11月3日 ★釜石市・県立釜石高校体育館
12月24日 ★福島市・パルセ飯坂
2013年
1月26日 会津若松市・県立博物館講堂
2月10日 南相馬市鹿島区・鹿島区さくらホール
2月14日 福島市・まごころサービス福島センター
2月23日 会津若松市・県立博物館講堂
3月16日 相馬市・総合福祉センターはまなす館
復興支援上映会を始動

公園の一部を転用した気仙沼市の仮設住宅(2012)
〈宮沢〉  大震災から約1ヶ月後の2011年4月8日から、NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭と山形県映画センター/フォーラムネットワークは協同して、山形県内の避難所を回り復興支援上映会を始動しました。
 混乱の続く中、当初は山形市、南陽市、飯豊町、米沢市などの避難所を回って、福島や宮城から避難して来た人々に映画を観てもらい、震災時の話などを聞きましたが、「たいへんでしたね」と言うのが精一杯で無力感を感じる日々。その後、この上映活動が新聞やラジオ等で報道されると、被災県からの問合せやNGOの方からの協力要請があり、県外にも足を延ばしました。
 余震が続くなか、まだ仮設住宅も建っていない石巻市や山元町、二本松市、八戸市などを回りましたが、その範囲はあまりに広く、私たちだけで対応することは不可能でした。

釜石市の地盤沈下した海岸近く(2012)

 また並行して、状況把握のために訪ねて来た映画関係者の人々と会ったり、東京に行って現状を説明して協力を仰ぐことなども行っていました。やがて全国の映画に関わる人々との話し合いを経て7月から地域ごとに担当を決めて上映活動を行う「シネマエール東北」がスタート。首都圏や関西圏から駆けつけた多くのボランティアの皆さんの協力をいただきながら、私たちは、福島県と山形県(一部宮城県を含む)を担当することになりました。



豪雪の中、映画の灯火を届けて

福島市飯坂でのフィルムによる上映会(2013)
 福島県では2011年夏頃から仮設住宅の建設が始まり、初秋ごろになって工業団地用地などに大規模な仮設住宅ができると、待っていた多くの人が移り住みましたが、すでに子どものいる家庭は通学、通勤に便利な市内のアパートや借上げ住宅を探して生活を始めている家庭が多く、仮設住宅には50代以上の単身者や夫婦だけで暮らしている方々が目立ちました。

 暑い夏を過ぎて秋から冬になると、例年にない豪雪の冬が訪れ雪壁の峠道を越えて福島へ。片道4・5時間かかることもあり体力の消耗も半端ではありませんでしたが、映画を喜んでくれる人々の顔を思い浮かべながら映画を届け続けました。
 集会所の上映会では、自治会の方々にご協力いただき看板を作って会場を盛り上げていただいたところもあります。
 「元気が出た」「仮設に来て初めて笑った」「久しぶりに映画を観た」などの感想が多く、とても好評でした。
 また、小さな子どもや若いお母さんたちからは「子どもといっしょに来たのに自分がほっこりした」「自分も子どもといっしょに楽しめた」といった感想をいただき、楽しい時間を過ごしてもらえました。


福島の各地を巡って上映

 2012年春から、山形市内には、福島の子どもたちのために新たに保育施設『ふくしま子ども未来ひろば』(*1)が作られることになりました。避難している母子の情報交換の場にもなっており、当初は他人同士だった人々の拠り所のひとつとなっています。「子どもが小さくて映画館には行けないけど映画を観たい」というお母さんたちの声に応え、ここでも上映会を行いました。

 夏にはいわき市の小学校で野外上映会、原発立地町周辺(大熊町、楢葉町、双葉町等)の人々が暮らす仮設住宅団地がある会津若松市では、県立博物館講堂をお借りして夏休み子ども映画会なども行い、大勢の子どもたちや、孫を連れて久しぶりに映画を観に来たというシニア世代も集まり盛況でした。
 当初は、仮設住宅の集会所を主に上映会を行っていましたが、気仙沼市のみなし仮設世帯には情報がなかなか伝わりにくく、点在している仮設住宅をすべて回るには時間がかかり過ぎることがあり、公共施設や地域の拠点となっている建物に集まってもらうことも仮設住宅での上映会と並行して行いました。


福島県伊達市梁川小学校の子どもたち、学校は地震のため使えなくなり中学校と高校に分かれて勉強している(2012)
 他にも南相馬市鹿島区のさくらホールや福島市街地から離れた在庭坂の高齢者施設でも上映を行い、上映後は茶話会を開いて感想や当時観た時の話しなどをして和やかなひとときを過ごしてもらっています。

http://yamagatahinanhaha.jimdo.com/活動の様子/ふくしま子ども未来広場/


文化のちから

上映後にアンケートを書くこどもたち(2012)
 震災から2年を過ぎた今も、山形県内には放射線量の高い福島県内や津波で多くを失った宮城県からの自主避難者が約1万人暮らしています。
 その大半は若いお母さんと小さな子どもたちで、残してきた家族との二重生活を強いられ、さらに今春からは子どもの進学や就職で離散生活が進む現実があります。何年続くかわからない不安定な状況で、心を支えられるのは映画、音楽、本、演劇、絵画などの文化のちからです。
 私たちは映画を通じて希望となる文化の火を灯し続けながら、心のスイッチが一日でも早く切り替わり前へ進むためのお手伝い続けたいと思っています。東北の復興はやっと端緒に辿り着いたに過ぎません。さらに阪神淡路大震災の例を引くならば三年目が一番辛い時だといいます。全国の映画関係者、文化に携る皆様にこれまでのご厚情に深く感謝申し上げますと共に、引き続き温かいご支援とご協力を賜りたいと思います。
〈取材:2013年4月〉


 取材を終えて
浅倉かおり
 事故や病気など大きな苦難に直面したときに、「最初に支えとなるのは、政治やお金の力以上に芸術だ」と、誰かが話していたことを思い出しました。映画の制作は、プロデューサー、監督、脚本、撮影、音響、照明、衣装、役者、その他にも多くの人達の力が関わっています。1時間から2時間という枠の中で表現するために、何時間も何日間を費やして、1つの作品が作られていきます。そして、上映するために宣伝したり、会場を手配したり、機材を設置したり。たくさんのメッセージ、たくさんの想いが詰まっているからこそ、観る側もいろいろな共感があり感動がある。復興もまた、たくさんの人達の協力がなくてはなし得ないこと。映画のちからはとても大きなものだと感じました。
浅倉 かおり
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